①ではMCU全体の感想が主でしたが、ここでは「エンドゲーム」の感想を書きます。
ネタバレ豊富なので、まだ見てない人は読まないでください。
「エンドゲーム」は本当はGW中に行こうと思っていたのですが、過去作を見ることに時間を取られ、やっと観に行くことができました。
感想としては、細かいことは抜きにしてかなり楽しめた。
久しぶりにパンフレット(税込880円)なんかも買ってしまいました。
(ちなみにコラムが充実して良かったです。写真とかは少し物足りなかった印象です。)
観る前の心配・・・
観る前の気持ちとしては、少々不安がありました。
MCUを一気観した際に、特に「エイジオブウルトロン」「シビルウォー」と後半になっていくにつれて、キャラクターの数が増えすぎたために、見づらくなっているように感じていたからです。
しかし、「インフィニティウォー」では、サノスを中心に据えて、アベンジャーズをいくつかのチームに分けて扱うことで、少し見づらさを解消し、なおかつ全てのチームに勝つサノスの強さを見せつける事で、見事に次の作品に繋いだように思います。
また、指パッチンによって数が減ったことが、次の「エンドゲーム」での見やすさだけでなく、生き残ったメンバーの戦う動機になったことも大きいように思えます。
さらに、サノスを多面的に見せたことによって、ただの悪役でなく魅力的なキャラクターとして描けたことも大きいように思います。(個人的には、サノスの信念に少し共感してしまいました。)
結局、不安はある意味外れ、ある意味当たりもしました。
「エンドゲーム」の前半は少し地味な感じもしましたが、「インフィニティウォー」からの流れのおかげでキャラクターも少なく見やすいストーリーになっていたように感じました。
そしてクライマックスの戦いで、大勢の敵を前にアベンジャーズが劣勢という絶望的状況で、「インフィニティウォー」の指パッチンで失われたメンバーが復活し、ポータルを通って救援に登場するシーンには、心躍りました。
(ここでアベンジャーズのテーマ曲が流れるのも良い演出。)
それまでの21作(私の場合は19作)で積み上げてきたキャラクターが、一堂に会し団結している様子というのは、他の映画では味わえないでしょう。
しかも、そこでキャプテンアメリカが、待ちに待ったあのセリフで号令をかけると興奮は最高潮です。
ただ、興奮はそこが最大だったのも事実です。
いざ、戦いに入るとメンバーの多さが少々気になりました。
というか全メンバーを描き切れていないような気がします。
一瞬しか映らないバッキーや映ったかどうかも分からないグル―トなど、あと敵の中ボス達も何かしてたかな、といった感じです。
(あと「インフィニティウォー」でも気になりましたが、女性だけのチームは組む必要あるのかな、とかも気になりましたね。どうせ超人なのだから男女関係ないだろうと思います。そこらへんとかはDC映画の方がしっかりしてるのかな。)
今回のテーマ
「インフィニティウォー」のラストで奪われた命を取り戻す今回の戦いは、ずばり家族を取り戻すということ。
ホークアイが家族を喪失するシーンからこの映画は始まり、前半は喪失にスポットが当てられます。
序盤にソーがサノスを殺した際にも、居合わせたネピュラは微妙な表情でした。
いかに悪人であっても養父なので、複雑な感情なのでしょう。
また、血縁の家族がいないブラックウィドウやロケットにとっては、アベンジャーズやガーディアンズが家族同然であり、彼らにとってもこの戦いは家族の為なのです。
どんなに広大な全宇宙を舞台にした戦いの中でも、このテーマはやはり感動を呼びます。
「スターウォーズ」もスカイウォーカー家の家族の話です。
アイアンマンの家族は無事でしたし、5年の間に娘も生まれていましたが、彼はスパイダーマンの喪失を引きずっており、タイムトラベル作戦に参加することとなります。
(この作戦において彼が懸念していたことは、娘の存在でした。時を5年前に戻すのではなく、指パッチンで消えた人々を取り戻す事だけが唯一の解決策です。)
中盤のタイムトラベル作戦
正直に言うと、細かいことを気にすると辻褄が合わない気がします。
そもそもの量子世界の時間の流れと現実の時間の流れが、同じでないのは何となくあり得る気がするが、それによってなぜ過去に行けるのかがよく分からない。
劇中とある人物が忠告した別の時間軸は、結局生まれてしまったのではないか。
とか細かい疑問はかなり残る。
良かった点としては、過去作で既に死んでしまったキャラクターが再登場することで、大団円としてのこの映画がより際立つことだ。
特に初期メンバーのアイアンマンとキャプテンアメリカとソーは、過去と向き合うことで、成長だけでなく今後の生き方も見つける必要があった。
このシークエンスで面白かったのは、キャプテンアメリカがロキの杖を奪う所だ。
ラムロウ率いるストライクチーム(akaシールドの皮を被ったヒドラ)が、がっちり護衛しながら運んでいるエレベーターに乗り込み、「ウィンターソルジャー」と同じ構図になったので、また殴り合いかと思ったら、頓智を使って見事に奪うのにはやられた。
(あいつらは本当にキャプテンアメリカがヒドラに加わったと思ったのだろうか笑)
また個人的に「ドクターストレンジ」で気になっていたことで、香港・ロンドン・ニューヨークに拠点があるなら、「アベンジャーズ」の時チタウリ軍団が来たときは何してたんだという疑問が少し解消されました。
ハルクが向かうと、そこにいたのはストレンジではなくエンシェントワンだったことに一瞬驚いたがすぐに納得。
彼女がストレンジの存在を知っていたのは、映画を見た後少し考えてから何となく納得。
ただしそこまで知っているにもかかわらず、石を渡した後の結果については知らなかったのが不思議。
石の力で、ストレンジと同じようにこの結末を見たわけではないのだろうか。
クライマックスの決戦からエンディングまで
この記事の冒頭で、クライマックスの決戦の盛り上がりとカオスさは既に述べましたが、加えておくと、キャプテンアメリカ・アイアンマン・ソーVSサノスの戦いが始まったとき、キャプテンアメリカの分が悪いように感じましたが、「エイジオブウルトロン」のパーティの余興が伏線になっているとは思いませんでした。
(というかソーよ、ムジョルニアを持ってきているが、「ダークワールド」の敵ダークエルフはあれ無しで倒せるのか。)
また、3人がかりでも追い詰めれなかったのに、スカーレットウィッチは一人でかなり追い詰めたとか、ポッツはいつの間にスーツを着こなせるようになったんだとか、やっぱり女性チームは変だろ(2回目)とか色々あります。
私としてはトニーが死ぬのは、「インフィニティウォー」でのストレンジとのやり取りで予期していたので、あまり驚きませんでした。
そういえば、この戦いにおけるストレンジの活躍が今一つだったのも少し残念ですね。
この記事自体も映画同様カオスになってきましたが、やはりシリーズ全作をみて、大団円に浸り、見終わったら誰かとあーでもないこーでもないと雑談するのが、一番楽しめるのかなと思います。
パンフレットのコラムで、光岡ミツ子さんも言及していましたが、MCUが始まった10年前と大きく違うのは、映画の解釈をみんながネットで発信したり議論できるようになったことだと思います。
私もMCUに限らず、映画を見終わると一回検索するクセがついています。
世界中と共有できるこれだけ広大な物語は、そうそうないでしょう。
(そういえばグアテマラで会った子供も、アベンジャーズの玩具を持って遊んでいたような気がします。)
分断の時代が来るのかと言われていますが、こういう想像力が食い止める一助になればなと思います。